特許権侵害紛争における現有技術の抗弁
現有技術(付注:日本でいう自由技術)の抗弁は特許権侵害紛争における抗弁事由の一つである。具体的には、原告が自ら保有する特許権に基づき主張した侵害差止請求権、損害賠償請求権に対して、被告が行う抗弁を指す。現有技術の抗弁の目的は原告の特許の新規性又は保護範囲を否定することではなく、被告の行為の合法性、即ち、係る行為が権利侵害に該当しないことを認められるようにすることにある。
『特許法』(2008年改正)第22条には、「現有技術とは、出願日前に国内外で公衆に知られている技術を指す。」と規定している。現有技術を判断する場合は、次の二つの要件を考慮すべきである。(1)時間:出願日前でなければならない。(2)公開:国内外出版物で公に発表され、公に使用され、又はその他の方式により公衆に知られていること。従って、同一の事件において個別の侵害被疑者による先使用の抗弁が成立したとしても、その他の侵害被疑者はそれのみを根拠として現有技術の抗弁を行うことができず、係る技術が公開された証拠を提供しなければならないからである。
実務において、特定の状況下で現有技術の抗弁を適用するべきか又はそれが成立するかについて、議論が多いようである。本文では、よく見られる二つの問題を挙げて検討する。
一、同一的侵害の状況下で、現有技術の抗弁は適用されるか?
『北京市高級人民法院による特許権侵害判断における若干問題に関する意見(試行)』(2001年)では、現有技術の抗弁の適用を均等論特許侵害事件に限定しており、同一的特許侵害事件での適用は除外している。しかし、(2006)高民終字第571号判決において、北京市高級裁判所は、次のように述べた。「イ号製品は原告の特許の技術的範囲に含まれるため、同一的権利侵害を構成するが、その技術方案は現有技術と均等なものであり、……現有技術の抗弁は成立する。」 又、当該事件に係る再審申立棄却通知書(2007)民三監字第51-1号において、最高裁判所は、同一的侵害でも現有技術の抗弁を適用できることを明らかに示している。2008年『特許法』の改正後、その第62 条の規定(「特許権侵害紛争において、侵害被疑者が、その実施した技術又は意匠が現有技術又は現有意匠であることを証明できる場合、特許権侵害に該当しない……」)は、現有技術の抗弁を判断する際に、侵害被疑技術と現有技術だけを比較すればよいと解されている。即ち、現有技術の抗弁の適用は均等論侵害に限られず、同一的侵害までに拡大されている。このような変化は被告に有利になるはずだろう。
二、侵害被疑技術が現有技術に該当することをいかに判断するか?
最高裁判所による『特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈』(法釈[2009]21号)第14条には、「訴えられた、特許権の技術的範囲に属する全ての技術的特徴が、一の現有技術方案の対応する技術的特徴と同一又は実質的相違がない場合、裁判所は、侵害被疑者が実施した技術は特許法第62 条に規定される「現有技術」に該当すると認定しなければならない」と規定している。これは現有技術に該当するか否かを判断する現行の基本規則であるといえる。
当該規定によると、訴えられた侵害被疑技術は現有技術に属すると判断するには、以下の二つの条件を満たす必要がある。
(一)訴えられた侵害被疑技術と現有技術の技術的特徴が同一又は実質的な相違がないこと。これについては、一般的に、技術分野、技術課題、技術方案、目的、效果等から把握することが考えられる(付注:均等論原則の適用条件に類似)。一般には、二者の相違は確かに存在しているものの、「属する分野の慣用手段の直接置換え」に該当する場合、「実質的な相違がない」と認定すべきである。又、その相違点が当専門分野の公知の常識に該当する場合は、当分野の技術者が創造的な工夫を要せず容易に想到できるため、現有技術の抗弁は成立すると思われる。但し、実務において、個別事件における関連の技術的特徴に実質的な相違があるかどうかについて、往々に議論の多いところであり、かつ判断上の不確定性がある。従って、被告は、説得力を強めるために、できる限り関連証拠を強化する必要があると考えられる。
(二)引用される技術方案の数は一つに限られる。複数の技術方案の組み合わせは認められないが、「侵害被疑技術が一つの現有技術と属する専門分野の公知の常識との簡単な組み合わせに該当する」場合は、現在司法機関の普遍的な観点として、現有技術の抗弁が成立する(2010年4月28日最高裁判所副院長の奚曉明による全国裁判所の知的財産権裁判業務座談会での発表及び『上海市高級人民裁判所による特許侵害紛争審理ガイド(2011)』参照)。
尚、被告が現有技術の抗弁を行った場合に、技術比較は訴えられた侵害被疑技術と現有技術間に限られるか、それとも、訴えられた侵害被疑技術の技術的特徴が係る特許の技術的範囲に含まれるか否かについてのどちらを先に比較するのか、又現有技術と権利不侵害の抗弁との関係などについても、実務において注意を払うべきところであると思われる。当事者にとって、これらの問題に対する司法判断の規則の把握及びその利用は、個別事件の訴訟策略及び具体的な証拠の提出などに重要な意義を有し、個別事件の結果にも大きな影響を与えると思われる。