「収入証明書」に潜んだリスク

    楊さんはA社との労働報酬紛争により、労働争議仲裁委員会に対し労働仲裁を提起した。楊さんはA社の社印が押された「収入証明書」を提供し、A社に対し当該証明書で記載された収入基準に従い賃金及び経済補償金を支払うよう要求した。A社は当該収入証明書の発行を否認したほか、「収入証明書」が事実と合わないことを証明するために、楊さんが署名した全ての給与明細書を提供した。仲裁委員会は、A社は「収入証明書」の真実性を認めていないものの、関連証拠を提供しなかったことを理由に、収入証明書で記載された金額に基づき裁定を下した。A社は裁定に不服であるとして、裁判所に対し上述の裁定を取り消すよう主張した。結局、裁判所は、A社は当該証明書が偽りであると主張しながらも鑑定を申し立てなかったことから、収入証明書の真実性を認め、A社の上述の裁定の取り消しに関する主張を棄却した。

    本件において、「収入証明書」及び「給与明細書」はいずれも原本であり、かつ事件に関連する。なぜ仲裁委員会も裁判所も「収入証明書」を証拠として採用したのか?

    『最高人民法院による民事訴訟証拠に関する若干の規定』第65条などの関連規定によると、審判機構は、同一の証明対象について二つの異なる証拠がある場合、事件の状況と照らし合わせ、一方の提出した証拠の証明力が相手方の提出した証拠の証明力より明らかに高いか否かを判断する。実務において、殆どの労働契約では賃金額又は賃金構成のみを約定しているため、給与明細書、銀行賃金振込み一覧表などで每月企業から従業員への実際の支払額は反映できるが、每月全額支払ったかどうかは証明できない。従って、裁判官は「収入証明書」の証明力が給与明細書より高いと認定する可能性が比較的大きい。

    実務において、従業員は住宅ローンや海外旅行のビザやクレジットカード等を申請する時に、会社に対し「収入証明書」を提供するよう要求することがよくある。又、それぞれの原因により、会社に実際の賃金額以上の収入証明書を提供してもらいたいということも珍しくない。実は、会社にとって、このような「収入証明書」に潜んだ法的リスクは非常に大きいと言える。例えば、従業員が住宅購入のためにローンを申請する際に、会社が実際の賃金額以上の収入証明書を提供した場合、従業員が住宅ローンを返済できないときは、会社は銀行から連帯責任を負うよう要求されるリスクがあると思われる。

    従って、会社は、不必要な法的リスクを避けるために、「収入証明書」を慎重に取り扱い、「収入証明書」の記載賃金額、在職期間などとの実情の一致を確保する必要がある。