知的財産権に関する訴訟前の禁止令

    知的財産権に関する訴訟前の禁止令とは、権利者の知的財産権を侵害する行為を行っている、又は間もなく行おうとしていることを直ちに制止するために、当事者の提訴前にその申立に基づき発布し、行為者の行為を禁止する強制命令を指す[1]。中国はWTOに加盟後、関連の法律、法規をTRIPSの関連規定に符合させるために、イギリス、アメリカなどの「訴訟前における禁止命令」の制度を手本として、改正後の特許法、商標法及び著作権法において、「訴訟前における権利侵害行為差止め」の関連規定を新しく定めた。又、最高人民法院は関連の司法解釈(「訴訟前に特許権侵害行為差止めの法律適用問題に関する若干規定」、「訴訟前に商標専用権侵害行為差止めと証拠保全の法律適用問題に関する解釈」及び「著作権民事紛争案件の審理の法律適用の若干問題に関する解釈」など)により、「訴訟前における権利侵害行為差止め」(以下、一律に「訴訟前の禁止令」という)の判断基準及び手続きについて更に定めている。 
  
    申立者が訴訟前の禁止令に対する司法部門の審査基準を把握できるかが、知的財産権に関する訴訟前の禁止令を取得できるかどうかのキーポイントとなる。

    関連の法律、司法解釈の規定によると、知的財産権に関する訴訟前の禁止令を申請する場合、①申立者は、他人が自分の知的財産権を侵害する行為を実施している又は実施しようとしていることを証明できる証拠をもっており、②直ちに制止しなければ、申立者の合法的権益に対し補填できない損害を与えるという二つの基本前提を満たさなければならない。当該二つの基本前提について、「知的財産権を侵害する行為を実施している又は実施しようとする」及び「補填できない損害」に関する明確な統一的判断基準がまだ明文化されていない。各地裁判所裁判官の論文や裁判例がある程度共通の判断規則又は傾向を示しており、大きな参考になりうる価値を有する。 

    まず、「知的財産権を侵害する行為を実施している又は実施しようとする」について、現在、各地の裁判所は一般的に相対的実質審査基準を採用している。即ち、申立者が提供する証拠が権利侵害行為の存在を初歩的に証明できるという要求がある。裁判所は申立者が提供した関連資料を審査する際に、これにより申立者の勝訴の可能性を判断し、訴訟前の禁止令を発布するか否かを決定する。申立者は権利侵害対象の状況に応じて、できる限り比較的全面的な証拠を提供すべきである。特許権侵害案件を例として、「申立者はまず有効な特許権を有する旨の証明を提供し、そして特許権侵害品のサンプル又はその合法的な出所、及び特許権を侵害する製品又は方法の技術的特徴を提供し、並べに申立者の特許とその特許権を侵害する製品又は方法との技術的特徴が同様又は類似していることに関する比較・説明も提供すべきである。特許権侵害に該当するかを判定する際に、申立者の権利要求書、及び特許権侵害製品又は方法が特許の独立請求項の保護範囲に属しているかを明らかにする必要がある。その場合、文字の内容で権利侵害の有無を判定する以外に、均等の原則、禁反言の原則など多くの方法を採用することができる。」 [2]。

    次に、「補填できない損害」については、数多くの裁判例及び裁判官の観点、主に以下の方面に基づき判断する。
一、営業権又は人格権の侵害。営業権又は人格権等が侵害された場合に、権利者が長期の努力により得たイメージや経済的地位などは不利な影響を受け、且つそれらの損害は金銭で評価できないため、一般的に補填できない損害と看做される。しかし、個別の訴訟において、裁判官は申立者が権利の主張を疎かにしていないかどうかに注目する場合もあり、訴訟前の禁止令を発布すべきかに関しとても慎重な姿勢をとる。  

    二、市場競争優位の喪失、例えば市場占有率の減少、又はその他の重大な利益の損害。それらの損害は数量化できない一方、権利侵害行為を制止しなければ、損害の拡大は避けられず、最終的な損害額も予測できない。

    三、一部の裁判所(上海、江蘇など)は、被申立者が充分な償還能力を有さないなどの状況において、訴訟前の禁止令を発布しなければ、申立者が十分な賠償又は補償を取得できないことから、申立者の禁止令申立を認める。しかし、裁判所は訴訟前の禁止令が大手会社が成長中のライバル相手を困らせる手段にならないようにするために、通常慎重に各方面の要素を全面的に考慮した上で最終的な判断を下す。 
 
    上記の纏めとして、現在、中国各地の裁判所は知的財産権に関する訴訟前の禁止令の申立に対して、非常に厳格、慎重な審査を行っているといえる。従って、知的財産権により侵害を受けた企業は、訴訟前の禁止令を申立する際に、個別事件の具体的な状況及び関連の裁判所の訴訟前における禁止令申立の審査に関する実務の規則及び傾向に基づき、関連の証拠資料を適切に準備すべきである。

    注: [1]、[2]: 韓天嵐著 「知的財産権訴訟における訴訟前の禁止令の適用について」。