顧客名簿は営業秘密か?
従業員の転職により顧客名簿が流出し顧客を奪われる事件がよく見られるようになってきた。時には退職従業員の営業秘密侵害を理由として訴訟を提起する会社があるが、顧客名簿を会社の営業秘密とする主張は、意外にも裁判所はなかなか認定しないのである。
『不正競争防止法』第十条が定める営業秘密には、技術情報と経営情報の二種類がある。『国家工商総局による営業秘密侵害行為の禁止に関する若干規定』第二条の規定によると、営業秘密には、顧客名簿、商品供給先情報、生産・販売戦略並びに入札募集・応募の最低基準価格及び入札書の内容等の情報が含まれる。よって、顧客名簿は、『不正競争防止法』にいう経営情報に該当する。
但し、顧客名簿が営業秘密に該当するためには、『不正競争防止法』第十条が定める営業秘密の要件が満たされなければならず、即ち、①秘密性を有すること(公知でない)、②実用性を有すること(権利者に経済的利益をもたらすことができる)、③権利者が秘密保持措置を講じていることである。
先ず、秘密性について、顧客名簿に含まれる情報、例えば、名称、住所、電話等は、一般的にインターネット等の公開チャンネルから取得することができるため、個別案件においては、顧客名簿の要素及び具体的な情況を合わせて判断する必要がある。これに対して、『最高人民裁判所による不正競争の民事案件の審理における法律適用の若干問題.に関する解釈』第十三条は、基本的な判断原則を規定しており、即ち、「営業秘密の中の顧客名簿とは、一般に顧客の名称、住所、連絡方法及び取引の習慣、意向、内容等により構成され、関係公知情報と区別された特殊顧客情報、多数の顧客を記載した顧客名簿及び長期間安定した取引関係にある特定の顧客を含む」。よって、営業秘密の認定条件として、顧客名簿には「具体的な顧客ニーズ、価格策定戦略等その他の特殊性を有する経営情報」([2006]滬二中民(知)初字第310号民事判決)が含まれなければならない。
次に、実用性とは、顧客名簿を利用することにより、権利者に現実的もしくは潜在的な経済的利益又は競争上の優位をもたらす可能性があることを指す。よって、権利者が、顧客名簿が漏洩される前に、経営項目を変更し、且つ対象顧客も変更した場合、或いは紛争により顧客名簿の中の顧客との取引関係を既に終止した場合には、一般的に営業秘密として認められない。
最後に、秘密保持措置であるが、顧客名簿はマーケティング、販売、カスタマサービスに関わる従業員の仕事対象であるため、適切な秘密保持措置が講じられていたかどうかで、顧客名簿が営業秘密として認定されるかどうかが左右される。企業は、次の二つの視点で予防措置を講じることができる。一つは、日常管理において営業秘密管理制度の設立及び改善に力を入れることである。もう一つは、従業員と協議の上、競業禁止協議書を締結すること等である。
なお、例外として、『最高人民裁判所による不正競争の民事案件の審理における法律適用の若干問題.に関する解釈』第十三条第二項には、次の規定がある。「顧客が従業員個人への信頼に基づいて当該従業員が所属する勤務先との取引を行っている場合、当該従業員が元の勤務先を離れた後において顧客が自ら当該従業員または当該従業員の新たな勤務先との取引を行うことを選択したことを証明できれば、不正な手段を採っていないと認定すべきである。但し、従業員と元の勤務先で別段の約定がある場合はこの限りでない。」 よって、従業員と企業との間に別段の約定がなく、且つ顧客が完全に従業員個人への信頼に基づいて、当該従業員又は当該従業員の新たな勤務先と取引を行う場合は、営業秘密侵害を構成しない。