期限通りに労働契約を締結しなかった場合の対策

    2014年11月、邵さんはA社との労働契約期間満了後にもかかわらずA社に勤め続けていた。2015年2月、A社はようやく邵さんとの労働契約更新手続を行ったが、邵さんに労働契約締結日を2014年11月と記入するよう要求した。邵さんは人事マネージャの「遡っての締結」(注:労働契約に記載する締結日を実際の締結日の前に設定する)という命令を録音して証拠とし、労働仲裁を提起し、A社に書面による労働契約締結までの2倍賃金を支払わせることを請求した。最終的に裁判所はA社が2倍賃金を支払うという判決を下した。

    『労働契約法』第82条では、使用者は労働者と書面による労働契約を締結 しなければならない。当該義務に違反した場合は、2倍の賃金を支払わなければならないと明確に規定している。当該規定の目的は、使用者が悪意を持って労働者と労働契約を締結せず、労働者の権利を侵害することを防止することにある。

    現実的には、使用者が諸種の原因により期限通りに労働者と労働契約を締結しないケースは確実に存在する。この場合に、多くの使用者は過失を補うために、本件のA社と同じように、通常、従業員に対し「遡っての締結」を要求する。

    司法実務において、「遡っての締結」が有効であるか否かについては、地方によって裁判所の意見が一致しない。一部の裁判所は、「労働者は期限通りに労働契約を締結しなかった行為を認めた場合、2倍賃金の支払主張を放棄したと推定される」ことを理由に、2倍賃金の支払主張を認めない(例えば、珠海市中級人民法院による(2016)粤04民終1147号判決書)。一部の裁判所は2倍賃金の支払主張を認めた(例えば、北京市第一中級人民法院による(2014)一中民終字第6073号判決書)。特に強調すべきことは、(2014)一中民終字第6073号事件では、労働者は、使用者が遡っての締結を強制した録音証拠を提供したことで、、裁判所が当該録音証拠は「使用者には悪意が存在する」と判断し、2倍賃金の支払主張を認めた重要な要素と考えられる。

    実務において、期限通りに労働契約を締結しなかった場合に、「補っての締結」という救済措置もある。つまり、労働契約に記載する締結日を実際の締結日にする。本件において、もし労働契約更新にあたり、労働契約に記載する日付を2015年2月にすれば、「補っての締結」に該当する。

    最高人民法院民事審判第一廷は2014年出版の『民事審判最前方』第1集において、『労働契約締結の代理による紛争及びその処理』という文章を発表し、「補っての締結」の法的結果を分析し、「補っての締結は、事実を反映するものであるため、労働者が脅迫を受けたことを証明できる証拠がない場合、使用者が2倍賃金を支払わなくてもよい」と結論づけた。また、「遡っての締結」の法的結果についても分析し、「遡っての締結は、使用者が2倍賃金の支払を回避するための口実に過ぎない。使用者は2倍賃金を支払うべきである。」と指摘した。当該意見は上記の司法実務の観点と食い違う。

    以上のことから、使用者は人事管理を強化し、期限通りに労働者と労働契約を締結/更新しない状況を回避すべきである。最高人民法院の文章では、労働契約の「遡っての締結」に対して否定的な態度を示し、かつ司法実務においても不確実性があるため、使用者は管理上の落ち度により期限通りに労働契約を締結しなかった場合に、「遡っての締結」の代わりに「補っての締結」の方式で労働者と労働契約を締結したほうがよい。当然、労働者が「2倍賃金の支払を主張しない」旨の承諾書の発行に同意させることができれば尚よい。