顧客名簿秘密侵害事件における被害者の損失の認定について
近頃、元従業員による元雇用者の顧客名簿侵害事件に関する刑事事件の判決が広く注目されている。A 社の元従業員4名は、不正手段により A 社の顧客名簿を取得し、別会社を設立した。そして、A 社支社名義で海外の顧客に関連の設備備品を販売し、大きな売り上げをあげた。最終的に、広東省珠海市中級人民法院は、二審判決で原審被告である会社2社と個人4名が原審原告の顧客名簿を侵害し、原審原告の A 社に人民元 2,270 万元の経済的損失(一審判決に認められた経済的損失は人民元 2,320元であった)を与えたと認定した。当該判決により認められた経済的損失額は、顧客名簿秘密侵害事件の先駆けと評された。
『最高人民法院による不正競争民事案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈』第 17 条によると、「商業秘密を侵害する行為の損害賠償額を確定する場合、特許権侵害の損害賠償額確定方法を参考にすることができる。 ……権利を侵害する行為によって商業秘密を大衆へ開示した場合、当該商業秘密の商業価値に基づいて損害賠償額を確定する。商業秘密の商業価値とは、その研究開発コスト、当該商業秘密の収益、取得可能な利益、競争の優勢を保持することができる期間などの要素に基づき確定する。」 実務において、権利を侵害する行為によって商業秘密を大衆へ開示する状況は相当少ないため、殆んどの事件に関し、経済的損失(言い換えれば、損害賠償額)は、一般的に特許権侵害の損害賠償額確定方法を参考にする。『最高人民法院による特許紛争案件の審理における若干問題に関する解答』によると、権利侵害による損害賠償額を計算する方法は主に三つがある:(1)被害者の損失;(2)侵害行為者の取得した利益;(3)合理的な許諾使用料。又、関連の司法解釈によると、上述の損害賠償額の計算方法がいずれも適用できない場合に、裁判所は各要素を総合的に考慮した上で、人民元 50 万元以下の損害賠償額を斟酌して確定することができる(通常は「法定賠償」という)。
顧客名簿秘密については、顧客名簿使用を許諾することは、実際には、特定の顧客グループ又はマーケティングシェアの放棄を意味する。従って、合理的な許諾使用料は顧客名簿秘密侵害事件に適用しないと思われる。又、顧客名簿は、技術機密と違い、権利侵害製品に直接使用されず、販売活動において使用されるものであるため、被害者は自らの損失を計算することが極端に困難であり、また侵害行為者の取得した利益を証明することも非常に難しい。一般的に問題になるのは、侵害行為者の利益取得と顧客名簿使用との相対関係、及び関連の利益取得に関する証拠を入手することはなかなかできない。本件については、侵害行為者が被害者の支社名義で被害者の顧客名簿を利用し、類似製品を販売したことから、関連の顧客のいずれも被害者と取引を行うつもりであったと推定され、侵害行為者の取得した利益は本来であれば全て被害者に属するべきであると認定された。
しかしながら、現在、多くの顧客名簿に係る営業秘密侵害事件において、損害賠償額は主に、裁判所が侵害行為者の主観的過失、権利侵害の持続期間、範囲、結果、マーケティングシェアへの影響、侵害行為者の救済措置などを総合的に斟酌した上で決定することが多い。
一方、各地の裁判所では、自由裁量権の行使により法定賠償の限度額をある程度、突破する傾向が見られる。上海を例として取り上げると、上海市高級人民法院は、各種知的財産権侵害による損害賠償額の具体的な金額について指導意見を定めるとともに、通常の許諾使用料の 2~3 倍の金額を損害賠償額とすることも認めた。具体的には、侵害行為者が社会に与えた影響、権利侵害の手段と情状、権利侵害の時間と範囲、侵害行為者の主観的過失及び被害者への精神的損害、名誉の損失などは、考慮されるべき要素となる。従って、被害者は、裁判所から支持を得るために、自らの損失又は侵害行為者の取得した利益の以外に、上述の資料の選択、準備にも十分に注意を払う必要がある。